Y-11現象から3日目 この世界では9年の時の朝を迎えた。
志亜は、みんなより早く起きて木工用のナイフで木を削っていた。
運動場の片隅に腰掛けるのにちょうど良い倒木があり、志亜はよくそこに腰掛けて作業をしていた。
今日はいい天気だった。気温もこの世界に来た時より少しずつ暖かくなってきているような気がする。
この世界に来た時は1月で,寒かった記憶があるが、春に向かっているのかもしれない。
「しぁーーーっ おっはよーー」
鐘の音色のように凛と通る声が聞こえる。
「ぁ 亜紀ちゃんおはよう」
今日も亜紀ちゃんは可愛い。
「ん おはよっ!なにしてるの」
亜紀は前かがみになり、覗き込むように僕の作業を見つめてくる。
「ぁ これね。亜紀ちゃんの新しい武器を作ってあげようと思って、さすがに新体操用のバトンじゃ耐久性に問題ありそうだから、それとキラリちゃんに魔術師みたいな杖を作ってあげようと思ってね」
「わぁ たすかるーーありがとっ。キラリちゃんもきっと喜ぶよっ」
亜紀ちゃんが隣にチョコンと座った。
「とうとう出発だね!」
「うん そうだね」
昨日の夜、みんなと話し合って決めたことだった。この世界の謎を解くために、国会議事堂に向かうことを。
国会議事堂までは車なら2時間くらいで着く距離だけど、歩いて、しかもジャングル化してる今の世界では、1日ではたどり着けないという判断から、今日は、その工程のちょうど3分の1くらいにある、有名な旅館まで行こうということになった。
「大きい旅館らしいよっ。温泉あるかなっ?お布団あるかなっ? あぁ 温泉はいりたい!お布団に包まって寝たいよぉーー!」
「あはは、旅行にいくわけじゃないんだから」
志亜が軽めにそう突っ込むと
亜紀は、口をツンと尖らせて
「いいじゃん!私たち生きてるんだよっ、楽しまないとっ」
「そうだね。亜紀ちゃんと話をすると、なんでも簡単な事に思えちゃうから不思議だよ」
「むむーむ、なんかバカにしてるでしょ?」
「そんなことないって」
こんなふうに憎まれ口っぽく言う自分が止められない。
亜紀はむぅと口をとがらす。
こんなやりとりが世界で一番嬉しいことのように感じる。
* * * * * * *
爽やかな風が、木々の枝を揺らす中、7人と1匹は、森の中の道なき道を進んでいた。
隊列は変なこだわりをもった凛さんが独断で決めた。
前衛は、アルさんとジーナスさん。突撃コンビらしい。
そして後衛が、僕、志亜と凛さん。弓矢が使えるので後方攻撃チーム、僕は後ろから急襲されたときに盾になれということらしい。
そして、前後を挟まれて守られるような形で女性陣の梨来さんと亜紀ちゃんとキラリちゃん、そして寄り添うように白い狼バスカ。
じつは、ここでは女性陣もかなり強かったりするんだけど・・・・・。
まぁそんな感じで進んでいる。
僕は満足だった。なにせ亜紀ちゃんの後ろ姿をずっと見ていられるから。
しかし、そんな幸せな気分をぶち壊すように、横から凛さんが話しかけてくる。
「むふふ、女の後ろ姿っていいやんなーー、そうおもうやろ?しあっち」
「そのしあっちって呼び方、やめてもらえませんか?それと、凛さんって、女性の格好してるのに、女性がすきなんですか?」
「女装はただの趣味、心の中は純粋に男やから、当然、女がすきやわなー。あのぷりっぷりの尻たまらんなぁー」
「なぁなぁ しあっちは、どっちが好みなん?梨来ちゃんは美人やけど、なんか研究者っぽくて、ツンとした表情がうちは苦手やなぁ、なんか近寄りがたいって感じやん?」
「研究者っぽいではなくて研究者さんですけどね・・・」
「まぁまぁそんな細かいこといいなんやぁ。それに比べて亜紀ちゃんは可愛いやなぁ。あの笑顔がたまらんなぁ、ロリっぽい顔してるのに、スタイル抜群やしなぁーぐふふふ」
「お願いですから、僕の幼馴染をそんな目で見るのはやめてください。」
僕は凛さんを睨みつけながら言ってやった。
「わっ!こわっ! やっぱ、もしかして、しあっちは亜紀ちゃんのこと好きなん?」
「ち、、ち、がいます、、」
咄嗟のことでついそう返事してしまった。
「ぁ そうなんやぁーよかったよかった。」
「なにがよかったんですか?」
「ぁーいやーべつになんでもないねんやー」
凛さんは最後に怪しい笑顔をこっちに向け、それを最後に会話が途切れた。
それにしてもさっきから凛さんは後ろを気にして何回も振り返っている。なにかあるのだろうか・・・。
どれくらい歩いただろうか。かなり歩いたような気がする。
今日は順調だ。モンスターにも出会わない。っていうか、森が静かすぎる気がする。
いつもなら、怪しい鳥の鳴き声などが森の中に響いているのに、今日はそれがない。まぁ、平穏なのはいいことなんだけど」
先頭を歩くジーナスさんが、足を止め、くるっと後ろを振り向いた。
「もう少し先に川原が見えます、そこで食事休憩を取りましょう」
「賛成!!!
わぁーい
お腹すいたよぉー
ウォン!」
多種多様な声がジーナスの呼びかけに反応した。
長閑な風景だなぁ
川のほとりではアルさんが釣竿を垂らして、魚を釣っている。その横で、梨来さんが、なにか必死にアルさんに言っている。
応援してるのかな?いや、あの表情はちがうな?きっと、早く釣りなさい!とか言ってるのかも知れない。
凛さんは?ん?素手で魚を掴もうとしてるのかな?無茶な人だ・・・。
少し離れたところでは、亜紀ちゃんとキラリちゃんが、枯れ木などを集めて、火を起こす準備をしている。
僕はいうと、ジーナスさんと一緒に見張りに立っている。辺り一帯が見渡せるちょっとした高台の上にいた。今日が平穏だからといって、モンスターがいきなり出てくることもあるだろうから警戒は怠らない。
しかし・・・
隣に立つジーナスさんが、さっきから怖い顔で突っ立っている。
「ジーナスさん、どうかしたんですか?」
恐る恐る、僕は声を掛けた。
はっと気づいたように表情を緩め、志亜の方に顔を向けた。
「いえ なんでもありません。
しかし・・・今日の森は静か過ぎます。それに、圧迫感みたいなものを感じるんです。
私の思い過ごしならいいのですが・・・・」
そう・・・・・
思い過ごしならよかったのに・・・・平穏で長閑な風景を僕はもっと見ていたかったのに・・・
志亜はそう思わずにはいられなかった。
突然、森がざわめき始めた。
葉と葉が擦れ合い、ガサガサという音を出す、枝と枝がぶつかり合い、ボキボキという騒音を撒き散らす。そして木と木がぶつかり合い倒れ、ドン!という爆発音のような音を響かせた。
それは森の奥から聞こえ始め、次第に近づいてくる。。
恐怖が迫ってくる、そんな感じだった。
ジーナスがが大きな声で叫んだ。
「みなさん!なにか来ます!警戒してください!!」
ジーナスの声に梨来が身構える。
「地面、揺れてない?」
「そうだな」
アルがは森を睨みつけながらそう答えた。
「地震じゃないよね」
地震というにはお粗末な揺れは、梨来達に不穏なものを覚えさせる。
亜紀の隣で白狼バスカも森に向かって吠えていた。
何かが爆発したような轟音が届く。
引き寄せられるように視線を飛ばすと、森の一角から、膨大な土煙が立ち込めていた。
そして、それが現れた。
目を疑うような巨体が、遥か頭上までその身を伸ばしていく。
巨体に引っかかった木や枝をまき散らし,土煙の中から、やがてそれは完全に姿を現す。
「ーーーオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッッ!!」
それは、両手を振り上げ、威嚇するように叫び声を上げた。
ビリビリと空気を震わせる。
圧倒的な威圧感は、そこにいるものに、恐怖という2文字を心に刻みつけた。
その巨体は、頭から足先までで10メートルはあるだろう。足の長さだけでも、志亜の身長を優に超えている。姿形は猿に似ているが、鋭い牙、そして指の先に尖る爪など、禍々しさが増大されている感じだ。
「こいつって、昨日俺たちを追い掛け回してくれた猿野郎だよな」
アルは隣に立つ梨来に問いかけた。
「うん、そうだね・・・でも大きいね・・・」
「たしかにな」
「・・・・・突然変異かもしれない。この世界では3年、その月日のなかで、生存するための進化、そして変異。
そのなかでも希におこる生物のミスセンス突然変異やナンセンス突然変異、そしてフレームシフト突然変異などによって引き起こされる進化の種。それが現在の環境化で順応できるものであれば、十分にその可能性はあるかも・・。」
「そんな説明どうでもいい。まったく理解できねぇし。」
アルは梨来の説明を聞き流す。
「突然変異によって、生態系が崩れてしまっているのかも。今日の森はなんかおかしい、生物をまったく見かけることがなかったし・・・。このモンスターが食べ尽くしてしまったか、逃げ出してしまったか。
どっちにしろ私たちは今、あのモンスターにとっては貴重な食料。というとこかな。」
「だから今はそんな説明どうでもいい、今はどうやって生き延びるかだ!」
「うん、そうだね」
梨来は素直に頷いた。
「キラリ!魔法だ!呪文の詠唱をはじめるんだ!」
ジーナスが、モンスターに向かって走り寄りながら、愛娘に指示を飛ばす。
位置的には僕とジーナスさんがモンスターから一番離れていて、一番近くにいるのが、梨来さんとアルさんと凛さん、そしてその後ろに亜紀ちゃんとキラリちゃんがいる。
僕も背中の背負っていた盾を前方に掲げながら、ジーナスさんの後を追う。
「うん わかったぁ」
キラリはそう返事すると、僕がつくった魔術師の杖を振りかざすようにして、呪文の詠唱を始めた。
帯びよ炎、悪しきものを焼き尽くす灯火、撃ち放て、妖精の火矢
透き通るような玉員が進むにつれ、足元に魔法円(マジックサークル)が光輝き、浮かび上がってくる。
雨の如く降り注ぎ !!
詠唱はまだ終わらない。しかし、モンスターはギロリとキラリの方を見た。
本能的に危険を察したのかもしれない、牙をむき出し、キラリに真っ直ぐに襲いかかってくる。
「いけない!!」
梨来とアルも武器を構え、モンスターとキラリの間に割って入る。しかし、10メートルもの巨体の突進力は凄まじい、まるでダンプカーが迫って来るようだ。
梨来はレイピアをモンスターの足に突き立てたが、その突進は止まらない。しかも梨来達にはまったく目もくれず、モンスターはキラリに突進していく。
あやうく、巨大な足に踏み潰されそうになった梨来を、間一髪でアルが救った。
「キラリ 逃げるんだ!!」
ジーナスが叫んだ。
凛も懸命に弓を引き絞り、モンスターの顔面目掛けて矢を放ったが、惜しくも外れた。
モンスターがその長く巨大な腕を振りかぶった。鋭い爪を光らせ、まるで大鎌のように円を描き地を這うようにしてキラリに襲いかかる。
間一髪で僕とジーナスさんが割って入る、ジーナスさんはは腕を十字に交差させ、その攻撃を受け止めようと構える。僕も盾を前面に押しやる。亜紀ちゃんはキラリに覆いかぶさるようにしてキラリを守り、白い狼バスカも、その身を呈して自分の主人を守るように、立ち憚った。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー
なぎ払うようなその一撃に、僕たちは文字通り、吹き飛ばされ宙に舞った。
僕は背中から地面に叩きつけられ、息ができなくなり、意識が遠のいていった。
「キラリちゃん!大丈夫?」
亜紀は横にうずくまるようにして倒れるキラリに声をかける。
幸い、草むらの柔らかい場所に吹き飛ばされた亜紀は、足と腕に擦り傷程度で済んだようだ。
「みんなは!?」
辺りを見回した亜紀は、信じられないと言った表情で「そんな・・・・」と呟いた。
動ける人はほとんどいないようだ。亜紀とそして、勇逸モンスターの突撃線上にいなかった凛だけだった。
凛は必死に応戦していた。倒れた仲間たちが攻撃されないよう必死にモンスターの注意を自分に引き付けるように奮闘していた。
「凛さん!!」
亜希が叫ぶ
「ぉーー亜紀ちゃん!無事やったかぁーーうちがこいつの攻撃引き付けとる間にみんなを頼むわぁーー」
間延びしたゆっくりした口調でそう言うが、表情は真剣だ。
ものすごいモンスターの攻撃が凛に迫る、ぎりぎりのタイミングでそれを躱している。一撃でも喰らえば、生きてはいられないだろう。
「亜紀ちゃん、うち、がんばるから、あとで褒美おくれ!」
「わかりました。私にできるご褒美ならなんでもしますから!でも無理しないで!」
凛さんが時間をかせいでくれてる間にみんなをなんとかしないと・・
亜紀はまずは隣に倒れているキラリを抱き抱えようとした。
するとキラリが苦しそうに話しだした。
「亜紀おねーちゃん、聞いてください。このまま、倒れているみんなを助けても、凛さんを助けることができなくなります。必ずだれかが犠牲になってモンスターを引き付けなければいけなくなるからです。」
「ぁ・・・」
亜紀はそのことまで考えることが出来ていなかった。
「亜紀おねーちゃん・・みんなを助けるにはあのモンスターを倒すしかありません。」
「そんな・・・無理だよぅ、あんな化物・・・絶対ムリだよぉー」
「亜紀おねーちゃん・・・聞いて・・わたしね・・おねーちゃんにね。魔法の力をかんじるの。磁石がくっつき合うみたいに感じるの・・」
「え?そうなの?どうやったら魔法を使えるようになるの?」
「思い出してください。幼い頃、夢見る世界にいる憧れのヒロインを、亜紀おねーちゃんがなりたかった憧れの存在を
そして、信じてください、自分がそれになれることを。幼い純粋な心が亜紀おねーちゃんにはあって、それが力になります」
「なによっ それって私がまだ子どもってことじゃない!」
「そうなのかもしれないですよ」
キラリはニコリと微笑む。
亜紀もニコっと微笑み返すと
「わかった、やってみるね。キラリちゃんありがとう!倒してみせる!私がみんなを守ってみせるからね!」
「キラリちゃんはゆっくりそこで見守っててね」
と言って立ち上がった。
私が幼い頃、必死に見ていたテレビアニメがあった。毎週楽しみでしょうがなかった。その番組がある日は早めに学校から帰り、宿題をさっさと済ませ、始まる10分前からテレビの前に座って待っていた。
風の魔法を操る女剣士の物語だった。強くて綺麗で優しくて、そしてかっこよくて・・
私の幼い頃の憧れで目標だったような気がする。
信じる・・・・
なりたかった、あのかっこよい女剣士と自分を重ね合わせる。
目を瞑って思い出す。
たしか・・・・・・
アロウセル(覚醒せよ)
”エアリフル”
亜希が呪文のようにそれを口走ったその瞬間
風が生まれた。
形として視認できるほどの大気の流れが、踊るように亜紀の身体を包み込む。
美しい黒髪が風を孕み、波打った。
思い出した。そう・・これは身体や武器に力を纏わせることで対象を守り、攻撃を補助し、速度をあげる付与魔法(エンチャントマジック)
清涼な風の加護を宿しながら、亜紀は今朝、志亜からもらった武器を手にする。亜希が力を込めて思いを伝えるようにすると、その武器も風を纏い、まるで魔法剣のように光り輝く。
「よし!いくよ!!!!!」
地を蹴る。一瞬でモンスターに肉薄する。全身に付与した風の力で得た猛烈な加速。文字通り疾風と化し、突き進む。
亜紀は斜め下から魔法剣を振り抜いた。神速の一閃が、纏った風のうねり音を響かせる。
魔法剣は、その巨大なモンスターの足の脛の部分から太ももの部分を大きく切り裂いた。
血しぶきが飛び散る。
「ーーガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー」
もう一度、地を蹴る、しかし次は前に進むためではなく、上に。空に向かって地を蹴った。モンスターの胸の部分まで入り込む。
頭上に振りかぶられたままの魔法剣を胸から腰までの部分を袈裟斬り、大きく傷跡を刻み込み、血が舞う。
苦し紛れに振りかぶったモンスターの鋭い爪が亜紀を掠めたが、亜紀の身体を取り巻く気流がそれを弾く。
「やっ!」
少女は止まらない。
呵責のない、連続攻撃。
凄まじい速度と鋭さ、剣筋でモンスターをめっさ切りにする。
魔法剣を新体操のバトンのように手の上でクルクルっと回し、自分の身体をダンスを踊るように捻るように一回転するとそのままの遠心力の力を借りてモンスターの体に次々と魔法剣による傷跡を残していく。
「亜紀ちゃん!すっごーーーーー!」
凛が手を叩いて喝采をおくる
「つえ~~~~~~!!」
「亜紀ちゃん!可愛い!つよい!さいっこーーーー!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・でも、そこまでだね・・・・。」
「え?」
亜紀は振り返って凛を視界に捉える。
「そこまでだ。じゃないと、大事な幼馴染が死ぬことになる。」
凛は気を失っている志亜の首筋に、矢の先を押し付けてそう言った。
そして凛はモンスターに対して 「攻撃をやめろ、待機だ」と命令する。
モンスターは攻撃の手を止め、凛の後ろで自分の主人を守るようにして待機する。
「どういうこと?・・・」
亜紀は混乱していた、なにがどうなっているのかさっぱりわからない。首筋に矢を突きつけられている志亜の口元に血を吐いたような痕が見える。はやく助けないと。気が動転する。混乱する。
「どういうこと?・・・」
同じセリフを何回も口走る。
「ドッキリ?とかかな?この世界でもドッキリなんてあるんだね。凛さん、ほんとにびっくりしちゃったよ・・」
「ドッキリか・・くっくっく」
凛は乾いた笑い声をあげた。
「じゃぁ試してみよう。この矢でこの首を差し貫けばわかるだろう。ドッキリでなければ大量の血しぶきが噴水のように吹き出て、さぞかし美しい光景を見せてくれるやろうね。」
と凛がそう言うと、矢をもっている手に力をこめる。
「やめて!!!!」
「くっくっく」
凛はまた乾いた笑い声をあげた。楽しんでいるようだ。
「ねえ凛さん、お願い教えて、どういうことなの?」
「あーそうだね。亜紀ちゃんには特別に教えてあげるよ。もうちょっとこっちおいで。」
亜紀は警戒しながらゆっくりと凛の元に近づいていく。
凛は不気味にニヤついた表情で、亜紀の身体の足元から胸元までを舐め回すように視線を動かす。
「まずはその武器を捨ててもらっていいかな?」
亜紀は素直に応じる。
凛は志亜の元を離れ亜紀の傍まで来た。
「あーへんなことはしないほうがいいよ。今度はモンスターに命じて幼馴染の顔をぺちゃんこに潰して煎餅みたいにしちゃうから。」
「可愛いやろーこのモンスター。うちの命令に絶対服従だよ。」
「どうしてそんなことができるの?」
「うーん亜紀ちゃんに理解できるかなぁー
ルミンA50yだよ。キラリちゃんを助けるために梨来博士がつくった新薬さ。
もちろんうちの血と混合させて作り直したものだけどね。
ルミンA50yはね、血縁者であるマクロファージと混合させた場合は、免疫力を飛躍的に向上させるんやけど、そうじゃない場合はね、逆だね、免疫力を攻撃することになる。簡単に言うとウイルスだね。
それをつかって、このモンスターのもつDNAを壊したんだよ。それでフレームシフト特別変異を作為的に起こした。
あとは刷り込み効果ってやつだね。生まれたばかりの赤ちゃんが初めて見たものを親だと思うっていうあれ、DNAをぶっ壊したあとに、うちの顔をすり込んだってわけやな。
昨日、いっぱい倒した猿のモンスターな。あの時生き残ったやつがおってな、やってみたんや。
そしたらびっくり次の日、この世界では3年やな、こーんなに大きくなって、こーんなに従順になって帰ってきてくれたんや
実験のつもりだったんだけど大成功しちゃってね、うちもびっくりだよ。
もちろん、さっきまでのうちとモンスターの戦いは演技な。
せっかくやから、みんなには、うちはいい人やーーって思って貰いながら死んでもらおうと思ってたんやけどなー。
なんか予想外に亜紀ちゃんが強くって、しょうがなくこんな展開になっちゃったけどなー」
「あなた・・・もしかしてDNA遺伝子研究者の風香博士なの?」
梨来が意識を取り戻して言った。しかしまだ起き上がれないようで、地面に座るような形で苦しそうな表情をしている。
「おー梨来博士、お目覚めになられてましたか?」
「そうよね・・私が最初にルミンA50yの話しをした時も、すでにその知識をもっていた。普通の看護師が知っているような知識じゃないもんね。その時に気がつくべきだった。
「女装とか、へんな方便でしゃべっているのも、正体を隠すためだったの?」
「いやまぁ、それは偶然ってやつやけどなぁ」
「でもたしか、風香博士は法律的にもそして倫理的にも許されない、人間のDNAの改変、要は人の手で人をつくる行為に手を染めて逮捕されたはずじゃ・・・」
「そそ、ちょうどね、刑務所に移送の時だったんだよ、Y-11現象が起きたんは。運転席で運転していたんは父親やなくて警察官だったってわけやね
ほんまラッキーやったわー死んじゃったみたいたけど・・おかげで、うちの好きなことができるこの世界に来ることができたんやからなー
なぁ梨来博士、この力があればなんでもできると思わへん?
モンスターをいっぱい手懐けてな。弱い奴はみんなうちに従うやろ?この世界に法律とかないやん?好きなことできると思わへん?
元の世界ではできなかった。人間のDNAの変革、構築、創造・・・うちがやりたかったことがここならなんでもできるやん!
それとかさーーー亜紀ちゃんを裸にひん剥いて、鎖で縛って自由を奪って天井から吊るして、それを眺めながら、そして時々亜紀ちゃんの身体を舐め回して、その味を堪能しながら、夕食を楽しむなんてサイコーだとおもわへん?」
「うわぁ・・・キモ・・・ヘンタイ・・・・キライ・・・・コッチミナイデ・・・・」
「くっっくっ・・亜紀ちゃん言ってくれますね。でもこの世界では力のあるものに従わなくてはいけないのですよ。」
凛はそう言うと、亜希の肩を掴んで引き寄せて、矢で亜希の胸元の服を引き裂いた。白い肌がさらけ出される。
「きゃぁ」
亜紀は悲鳴をあげて、腕を交差させて隠そうとするが、凛がその腕を掴んで、はだけた胸元をじっと見つめる。
「や・・やめて、見ないで、」
「「や・・やめて・・・」だってぇーーーーうわぁーそれ最高だよ亜紀ちゃん!ぞくぞくするよ」
「ヘンタイ・・」
志亜が目も覚ました。
「やめろ・・・亜紀ちゃんから離れろ・・・」
地面に這いつくばりながら、なんとか声を絞り出してそう言った。
「あぁ。しあっち、ちょうどいいところで目を覚ましましたね。愛する幼馴染が目の前で汚されていく姿を見るのはどんな気持ちですか?その苦痛に歪んだ表情最高ですね。
力があればこんなことしても許される。うち、人とかも殺してみたいねんなー、首とか切り落としてさー血しぶきをあげながら、ゴトンっていって首が転がる光景なんて見てみたいんやー
うちの世界がつくれるんやーさいっこーやなぁ」
「狂ってる・・・」
梨来が言った。
亜紀は涙を浮かべながらも凛を問い詰める
「キラリちゃんを一生懸命助けてくれたあの凛さんは?あれは演技だったの?」
「そんな人を悪人みたいに言うのは良くないよーキラリちゃんを助けてあげたかったのは本当だよ。うちはね、悪人じゃなくって、欲望に素直なだけ。
やりたいことをしたいだけ。
理解してくれるかなー?でね、今はその欲望を満たすためには、そのキラリちゃんはこの場所で殺さないといけないんだよねーー」
「え?」
「だってさぁーキラリちゃんの魔法、強すぎだからねー。ここで殺しとかないと、あとで驚異になりそうだからね。まぁついでにここにいる全員殺すとくけどね・・・ぁ・・亜紀ちゃんはうちのお嫁さんにするつもりだったんだけど、強い力を手に入れてしまったんやなー、抵抗されたら厄介やから殺すねー残念やなぁーー」
「まずは・・・」
凛はそう言うと、キラリの方を指差し、
「やれ」
とモンスターに命じた。
モンスターはその命令にすぐさま反応し、キラリのほうへ、ズシンズシンとその巨体を動かしていく。
「待って!」
亜希が懇願するように凛に言った。
「分かったわ・・私を・・・・・凛さんの好きにしていいから・・。抵抗しないから。
だからキラリちゃんを・・・みんなを助けて・・・・ください・・・・おねがい・・・」
亜紀は両腕を胸の前で交差し、両肩をだくような格好で、身体を震わせている。
「亜紀ちゃん、だめだよそんなこと言っちゃ、なにされるかわからないよ、そいつはもう狂ってしまってるんだ」
志亜がそう言いながらも必死に立ち上がろうとしている。
「うーん どーしよかなーー」
凛はニヤけた表情で二人を見比べてながら言った。
「じゃぁさ、ここで服全部脱いで、生まれたままの亜紀ちゃんの姿を見せてよ」
「・・・・・わかった・・・」
亜紀はそう言うと、手を震わせながら、ゆっくりと自分の上着に手をかける。
「しあっち、うちに感謝してなーー、しあっちも見たかったんやろーー亜紀ちゃんのは・だ・か。」
「くそっ」
志亜はかなりダメージを負っていて身体を動かせないでいる。
* * * * * * *
ジーナスは実は、かなり前から意識を取り戻していた。ちょうど凛から死角になる位置にいたため、意識を失っているふりをしながら、機会を伺っていたのだ。横には白狼バスカがいる。「今は待て」という命令に素直に従い、伏せの状態で、自分の主人である亜紀を助けようと待機しているようだ。頭も良い狼だ。
目線を梨来さんのほうへ向けると、彼女もこっちに気がついてくれたみたいだ。首をコクリとうなづいて合図を送ると、彼女もコクリと頷き返してくれた。彼女ならきっと理解してくれただろう。
そして、そのタイミングがくるのをじっと待っている。
* * * * * * *
梨来は、隣で意識を失って倒れているアルに、凛には聞こえないように小さい声でささやくように声をかけた。
「ちょっと、早く起きなさい!もう朝よ!」
アルの身体を揺さぶる。
アルも意識を取り戻した。
「うぅーーん、あと5分だけ・・・・とか言ってる場合じゃなさそうだな。」
アルは一瞬で状況を見て理解したようだった。
「うん、詳しくはあとで話すから、今はジーナスさんの合図を待って、一斉に凛さんを取り押さえるのよ」
「分かった」
* * * * * * *
そして
そのタイミングが来た。
凛は亜紀ちゃんが服を脱ぐのを見るのに夢中になっている。完全に周りがみえていない。
凛を取り押さえさせすれば、あのモンスターも攻撃してこないはず、まずは凛を抑える。
今がそのタイミングだ。
ジーナスは、手を指を開いた状態で、梨来から見える位置にそれを持っていき、ゆっくりと1本ずつ指を折っていく。
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
そして、指をすべて折りおえ、グーの状態の手を上に突き上げた、
その瞬間、横で伏せの状態で待機している白狼バスカに声をかける
「いけ!!」
白狼バスカはすごい勢いで飛び出した、陸上選手がクラウチングスタートで飛び出していくように、溜め込んだバネを一気に解き放つような勢いで凛に向かってまっすぐに飛びかかっていく。同時にジーナスも立ち上がり、その後を追う。
そのタイミングに合わせて梨来とアルも動きだす。
「今よ!いくわよ!」
梨来はアルに声をかける
「はいよっ」
とアルもそれに答え、立ち上がり、駆け出した。
* * * * * * *
凛は完全に亜紀を見るのに必死になっていて周りを全然見ていなかった。
まずは死角から飛び込んだ白狼バスカが凛の細腕に噛み付く。
「ぐがっ」
続いて、ジーナス、梨来、アルが一斉に凛に迫る。
「ジーナスさん!凛さんの口を抑えて!モンスターに命令させるのをやめさせるの!!」
梨来が叫ぶ。
ジーナスは凛に飛びかかり、凛の首に腕を回す形で、押さえ込もうと動いたが、すこし遅かった。
「やれ!」
凛からモンスターへの命令が発せられてしまった。その指はキラリのほうを向いている。
モンスターはキラリのほうへと動きだした。
凛は乱戦状態のこの場所に攻撃命令をしたら自分も巻き添えになることになると判断し、キラリを攻撃するように命令したのだろう。
キラリはまだ動けずにいた。
モンスターは、その凄まじい破壊力をもつ拳を振り上げると、まっすぐにキラリに向かって振り下ろした。
もう間に合わない。
「キラリ!!」
ジーナスは悲痛な叫び声をあげた。
梨来は目を瞑った。キラリちゃんが殺される瞬間を見る勇気がなかった。
視界が閉ざされたその瞬間、風の声を聞いた。
エアリフル
風が舞う、突風がモンスターを切り裂く。
風を纏った少女が、空を駆け上っていく。
まるで空中に見えない板でも張ってあるかのように、そしてそれを踏み台にするかのようにして駆け上がっていく。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー」
少女は光り輝く魔法剣でモンスターの顔面の片目を上から真っ直ぐに切り裂いた。
グウァァァァァァァァァァァァァアァァーーーーーーー
モンスターが苦しそうな声を張り上げた。空気がビリビリと振動するような大きな叫び声が響き渡る。
少女が舞う、華麗なステップを踏み、その身を躍らせる。その美しい姿は見ているものを魅了してしまうほどだ。
しかし、モンスターにとっては、恐ろしいダンスであっただろう。
モンスターの身体がどんどん切り刻まれていく。
モンスターも反撃するが、その素早い少女の動きを全く捉えることはできない。
すでに勝敗は決していた。
モンスターの動きが次第に鈍くなっていく。
しかし、少女の身体にも異変が起きていた。体のあちこちが痺れるように痛い。きっと魔法の力で身体を酷使しているからなのだろう。このままでは体がバラバラになってしまう。
限界を感じる。しかし亜紀はもうすぐ倒せるという希望をもって、体を無理して動かして戦った。
しかし、その希望も打ち砕かれる。
ズシンズシン
巨大な足音が森の奥から響き渡ってきた。
「ぉ きたきたーー」
凛がニヤけた表情で言った。
巨大な猿のモンスターがもう1匹そこに現れた。
「うそでしょ・・・・」
梨来は信じられない光景を目にするような表情でそう言った。
「うそやないよー、うち、DNA実験したんは猿のモンスター、1体だけやなんて言ってないもんね」
ケラケラと凛が笑う。
「さて再度、形勢逆転ってやつやね、さぁ皆殺しはじめよっかー
って思ったけど、さすがに実験で使った猿のモンスターは2体だけなんよね。この子までやられたら、うちもこの世界でやりたいことできなくなっちゃうからさー」
と凛はそこまで言って、新しく現れたモンスターに対してなにやら命令をした。
すると、新しく現れたほうのモンスターが、弱って動けないでいる志亜を、その巨大な手でむんずと掴み上げた。
「うぐっ」
志亜が苦痛の声をあげた。
「今日のところは、しあっちを人質にもらって退散することにするよ。
さて、離してもらおうかな」
と、凛の身体を押さえつけているジーナス達3人に対して言った。
3人は、素直にそれに従い、拘束を解く
「次に会うときは、きっとうちはこの世界の王になってるとおもうねん。
次は必ず亜紀ちゃんの身体の隅々まで見せてもらうからなーー」
凛はクルリと後ろを向くと、振り向くことなく去っていく。そのあとに、巨大な猿のモンスターが1体ついていく。
亜紀にやられたモンスターのほうはすでに動けなくなっているようだ。
「待ちなさい!!」
亜紀は叫んだ。
「しぁーを返して!!」
エアリフル
亜紀はもう一度詠唱を唱える。
しかし、とっくに身体の限界は超えている。体が痺れるのは通り越して、もう感覚そのものがない、手足が自分の思い通りに動かない。
それでも亜紀は風を纏い、前に進もうと足を踏み出そうとする。
「今は退くしかないです。」
ジーナスが、無理に前に進もうとする亜希の肩を後ろから掴み、その動きを止めた。
「今の状態では、あのモンスターに勝つことはできません。
必ず、志亜さんは助けます。今は退いてください。」
「くそっ」
アルが凛の後ろ姿を見ながら吠える。
「いやぁーー離して!しぁーーーーーーー」
美しい少女の叫び声は悲しく、そして虚しく、辺りに響き渡った。
Fin
志亜は、みんなより早く起きて木工用のナイフで木を削っていた。
運動場の片隅に腰掛けるのにちょうど良い倒木があり、志亜はよくそこに腰掛けて作業をしていた。
今日はいい天気だった。気温もこの世界に来た時より少しずつ暖かくなってきているような気がする。
この世界に来た時は1月で,寒かった記憶があるが、春に向かっているのかもしれない。
「しぁーーーっ おっはよーー」
鐘の音色のように凛と通る声が聞こえる。
「ぁ 亜紀ちゃんおはよう」
今日も亜紀ちゃんは可愛い。
「ん おはよっ!なにしてるの」
亜紀は前かがみになり、覗き込むように僕の作業を見つめてくる。
「ぁ これね。亜紀ちゃんの新しい武器を作ってあげようと思って、さすがに新体操用のバトンじゃ耐久性に問題ありそうだから、それとキラリちゃんに魔術師みたいな杖を作ってあげようと思ってね」
「わぁ たすかるーーありがとっ。キラリちゃんもきっと喜ぶよっ」
亜紀ちゃんが隣にチョコンと座った。
「とうとう出発だね!」
「うん そうだね」
昨日の夜、みんなと話し合って決めたことだった。この世界の謎を解くために、国会議事堂に向かうことを。
国会議事堂までは車なら2時間くらいで着く距離だけど、歩いて、しかもジャングル化してる今の世界では、1日ではたどり着けないという判断から、今日は、その工程のちょうど3分の1くらいにある、有名な旅館まで行こうということになった。
「大きい旅館らしいよっ。温泉あるかなっ?お布団あるかなっ? あぁ 温泉はいりたい!お布団に包まって寝たいよぉーー!」
「あはは、旅行にいくわけじゃないんだから」
志亜が軽めにそう突っ込むと
亜紀は、口をツンと尖らせて
「いいじゃん!私たち生きてるんだよっ、楽しまないとっ」
「そうだね。亜紀ちゃんと話をすると、なんでも簡単な事に思えちゃうから不思議だよ」
「むむーむ、なんかバカにしてるでしょ?」
「そんなことないって」
こんなふうに憎まれ口っぽく言う自分が止められない。
亜紀はむぅと口をとがらす。
こんなやりとりが世界で一番嬉しいことのように感じる。
* * * * * * *
爽やかな風が、木々の枝を揺らす中、7人と1匹は、森の中の道なき道を進んでいた。
隊列は変なこだわりをもった凛さんが独断で決めた。
前衛は、アルさんとジーナスさん。突撃コンビらしい。
そして後衛が、僕、志亜と凛さん。弓矢が使えるので後方攻撃チーム、僕は後ろから急襲されたときに盾になれということらしい。
そして、前後を挟まれて守られるような形で女性陣の梨来さんと亜紀ちゃんとキラリちゃん、そして寄り添うように白い狼バスカ。
じつは、ここでは女性陣もかなり強かったりするんだけど・・・・・。
まぁそんな感じで進んでいる。
僕は満足だった。なにせ亜紀ちゃんの後ろ姿をずっと見ていられるから。
しかし、そんな幸せな気分をぶち壊すように、横から凛さんが話しかけてくる。
「むふふ、女の後ろ姿っていいやんなーー、そうおもうやろ?しあっち」
「そのしあっちって呼び方、やめてもらえませんか?それと、凛さんって、女性の格好してるのに、女性がすきなんですか?」
「女装はただの趣味、心の中は純粋に男やから、当然、女がすきやわなー。あのぷりっぷりの尻たまらんなぁー」
「なぁなぁ しあっちは、どっちが好みなん?梨来ちゃんは美人やけど、なんか研究者っぽくて、ツンとした表情がうちは苦手やなぁ、なんか近寄りがたいって感じやん?」
「研究者っぽいではなくて研究者さんですけどね・・・」
「まぁまぁそんな細かいこといいなんやぁ。それに比べて亜紀ちゃんは可愛いやなぁ。あの笑顔がたまらんなぁ、ロリっぽい顔してるのに、スタイル抜群やしなぁーぐふふふ」
「お願いですから、僕の幼馴染をそんな目で見るのはやめてください。」
僕は凛さんを睨みつけながら言ってやった。
「わっ!こわっ! やっぱ、もしかして、しあっちは亜紀ちゃんのこと好きなん?」
「ち、、ち、がいます、、」
咄嗟のことでついそう返事してしまった。
「ぁ そうなんやぁーよかったよかった。」
「なにがよかったんですか?」
「ぁーいやーべつになんでもないねんやー」
凛さんは最後に怪しい笑顔をこっちに向け、それを最後に会話が途切れた。
それにしてもさっきから凛さんは後ろを気にして何回も振り返っている。なにかあるのだろうか・・・。
どれくらい歩いただろうか。かなり歩いたような気がする。
今日は順調だ。モンスターにも出会わない。っていうか、森が静かすぎる気がする。
いつもなら、怪しい鳥の鳴き声などが森の中に響いているのに、今日はそれがない。まぁ、平穏なのはいいことなんだけど」
先頭を歩くジーナスさんが、足を止め、くるっと後ろを振り向いた。
「もう少し先に川原が見えます、そこで食事休憩を取りましょう」
「賛成!!!
わぁーい
お腹すいたよぉー
ウォン!」
多種多様な声がジーナスの呼びかけに反応した。
長閑な風景だなぁ
川のほとりではアルさんが釣竿を垂らして、魚を釣っている。その横で、梨来さんが、なにか必死にアルさんに言っている。
応援してるのかな?いや、あの表情はちがうな?きっと、早く釣りなさい!とか言ってるのかも知れない。
凛さんは?ん?素手で魚を掴もうとしてるのかな?無茶な人だ・・・。
少し離れたところでは、亜紀ちゃんとキラリちゃんが、枯れ木などを集めて、火を起こす準備をしている。
僕はいうと、ジーナスさんと一緒に見張りに立っている。辺り一帯が見渡せるちょっとした高台の上にいた。今日が平穏だからといって、モンスターがいきなり出てくることもあるだろうから警戒は怠らない。
しかし・・・
隣に立つジーナスさんが、さっきから怖い顔で突っ立っている。
「ジーナスさん、どうかしたんですか?」
恐る恐る、僕は声を掛けた。
はっと気づいたように表情を緩め、志亜の方に顔を向けた。
「いえ なんでもありません。
しかし・・・今日の森は静か過ぎます。それに、圧迫感みたいなものを感じるんです。
私の思い過ごしならいいのですが・・・・」
そう・・・・・
思い過ごしならよかったのに・・・・平穏で長閑な風景を僕はもっと見ていたかったのに・・・
志亜はそう思わずにはいられなかった。
突然、森がざわめき始めた。
葉と葉が擦れ合い、ガサガサという音を出す、枝と枝がぶつかり合い、ボキボキという騒音を撒き散らす。そして木と木がぶつかり合い倒れ、ドン!という爆発音のような音を響かせた。
それは森の奥から聞こえ始め、次第に近づいてくる。。
恐怖が迫ってくる、そんな感じだった。
ジーナスがが大きな声で叫んだ。
「みなさん!なにか来ます!警戒してください!!」
ジーナスの声に梨来が身構える。
「地面、揺れてない?」
「そうだな」
アルがは森を睨みつけながらそう答えた。
「地震じゃないよね」
地震というにはお粗末な揺れは、梨来達に不穏なものを覚えさせる。
亜紀の隣で白狼バスカも森に向かって吠えていた。
何かが爆発したような轟音が届く。
引き寄せられるように視線を飛ばすと、森の一角から、膨大な土煙が立ち込めていた。
そして、それが現れた。
目を疑うような巨体が、遥か頭上までその身を伸ばしていく。
巨体に引っかかった木や枝をまき散らし,土煙の中から、やがてそれは完全に姿を現す。
「ーーーオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッッ!!」
それは、両手を振り上げ、威嚇するように叫び声を上げた。
ビリビリと空気を震わせる。
圧倒的な威圧感は、そこにいるものに、恐怖という2文字を心に刻みつけた。
その巨体は、頭から足先までで10メートルはあるだろう。足の長さだけでも、志亜の身長を優に超えている。姿形は猿に似ているが、鋭い牙、そして指の先に尖る爪など、禍々しさが増大されている感じだ。
「こいつって、昨日俺たちを追い掛け回してくれた猿野郎だよな」
アルは隣に立つ梨来に問いかけた。
「うん、そうだね・・・でも大きいね・・・」
「たしかにな」
「・・・・・突然変異かもしれない。この世界では3年、その月日のなかで、生存するための進化、そして変異。
そのなかでも希におこる生物のミスセンス突然変異やナンセンス突然変異、そしてフレームシフト突然変異などによって引き起こされる進化の種。それが現在の環境化で順応できるものであれば、十分にその可能性はあるかも・・。」
「そんな説明どうでもいい。まったく理解できねぇし。」
アルは梨来の説明を聞き流す。
「突然変異によって、生態系が崩れてしまっているのかも。今日の森はなんかおかしい、生物をまったく見かけることがなかったし・・・。このモンスターが食べ尽くしてしまったか、逃げ出してしまったか。
どっちにしろ私たちは今、あのモンスターにとっては貴重な食料。というとこかな。」
「だから今はそんな説明どうでもいい、今はどうやって生き延びるかだ!」
「うん、そうだね」
梨来は素直に頷いた。
「キラリ!魔法だ!呪文の詠唱をはじめるんだ!」
ジーナスが、モンスターに向かって走り寄りながら、愛娘に指示を飛ばす。
位置的には僕とジーナスさんがモンスターから一番離れていて、一番近くにいるのが、梨来さんとアルさんと凛さん、そしてその後ろに亜紀ちゃんとキラリちゃんがいる。
僕も背中の背負っていた盾を前方に掲げながら、ジーナスさんの後を追う。
「うん わかったぁ」
キラリはそう返事すると、僕がつくった魔術師の杖を振りかざすようにして、呪文の詠唱を始めた。
帯びよ炎、悪しきものを焼き尽くす灯火、撃ち放て、妖精の火矢
透き通るような玉員が進むにつれ、足元に魔法円(マジックサークル)が光輝き、浮かび上がってくる。
雨の如く降り注ぎ !!
詠唱はまだ終わらない。しかし、モンスターはギロリとキラリの方を見た。
本能的に危険を察したのかもしれない、牙をむき出し、キラリに真っ直ぐに襲いかかってくる。
「いけない!!」
梨来とアルも武器を構え、モンスターとキラリの間に割って入る。しかし、10メートルもの巨体の突進力は凄まじい、まるでダンプカーが迫って来るようだ。
梨来はレイピアをモンスターの足に突き立てたが、その突進は止まらない。しかも梨来達にはまったく目もくれず、モンスターはキラリに突進していく。
あやうく、巨大な足に踏み潰されそうになった梨来を、間一髪でアルが救った。
「キラリ 逃げるんだ!!」
ジーナスが叫んだ。
凛も懸命に弓を引き絞り、モンスターの顔面目掛けて矢を放ったが、惜しくも外れた。
モンスターがその長く巨大な腕を振りかぶった。鋭い爪を光らせ、まるで大鎌のように円を描き地を這うようにしてキラリに襲いかかる。
間一髪で僕とジーナスさんが割って入る、ジーナスさんはは腕を十字に交差させ、その攻撃を受け止めようと構える。僕も盾を前面に押しやる。亜紀ちゃんはキラリに覆いかぶさるようにしてキラリを守り、白い狼バスカも、その身を呈して自分の主人を守るように、立ち憚った。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー
なぎ払うようなその一撃に、僕たちは文字通り、吹き飛ばされ宙に舞った。
僕は背中から地面に叩きつけられ、息ができなくなり、意識が遠のいていった。
「キラリちゃん!大丈夫?」
亜紀は横にうずくまるようにして倒れるキラリに声をかける。
幸い、草むらの柔らかい場所に吹き飛ばされた亜紀は、足と腕に擦り傷程度で済んだようだ。
「みんなは!?」
辺りを見回した亜紀は、信じられないと言った表情で「そんな・・・・」と呟いた。
動ける人はほとんどいないようだ。亜紀とそして、勇逸モンスターの突撃線上にいなかった凛だけだった。
凛は必死に応戦していた。倒れた仲間たちが攻撃されないよう必死にモンスターの注意を自分に引き付けるように奮闘していた。
「凛さん!!」
亜希が叫ぶ
「ぉーー亜紀ちゃん!無事やったかぁーーうちがこいつの攻撃引き付けとる間にみんなを頼むわぁーー」
間延びしたゆっくりした口調でそう言うが、表情は真剣だ。
ものすごいモンスターの攻撃が凛に迫る、ぎりぎりのタイミングでそれを躱している。一撃でも喰らえば、生きてはいられないだろう。
「亜紀ちゃん、うち、がんばるから、あとで褒美おくれ!」
「わかりました。私にできるご褒美ならなんでもしますから!でも無理しないで!」
凛さんが時間をかせいでくれてる間にみんなをなんとかしないと・・
亜紀はまずは隣に倒れているキラリを抱き抱えようとした。
するとキラリが苦しそうに話しだした。
「亜紀おねーちゃん、聞いてください。このまま、倒れているみんなを助けても、凛さんを助けることができなくなります。必ずだれかが犠牲になってモンスターを引き付けなければいけなくなるからです。」
「ぁ・・・」
亜紀はそのことまで考えることが出来ていなかった。
「亜紀おねーちゃん・・みんなを助けるにはあのモンスターを倒すしかありません。」
「そんな・・・無理だよぅ、あんな化物・・・絶対ムリだよぉー」
「亜紀おねーちゃん・・・聞いて・・わたしね・・おねーちゃんにね。魔法の力をかんじるの。磁石がくっつき合うみたいに感じるの・・」
「え?そうなの?どうやったら魔法を使えるようになるの?」
「思い出してください。幼い頃、夢見る世界にいる憧れのヒロインを、亜紀おねーちゃんがなりたかった憧れの存在を
そして、信じてください、自分がそれになれることを。幼い純粋な心が亜紀おねーちゃんにはあって、それが力になります」
「なによっ それって私がまだ子どもってことじゃない!」
「そうなのかもしれないですよ」
キラリはニコリと微笑む。
亜紀もニコっと微笑み返すと
「わかった、やってみるね。キラリちゃんありがとう!倒してみせる!私がみんなを守ってみせるからね!」
「キラリちゃんはゆっくりそこで見守っててね」
と言って立ち上がった。
私が幼い頃、必死に見ていたテレビアニメがあった。毎週楽しみでしょうがなかった。その番組がある日は早めに学校から帰り、宿題をさっさと済ませ、始まる10分前からテレビの前に座って待っていた。
風の魔法を操る女剣士の物語だった。強くて綺麗で優しくて、そしてかっこよくて・・
私の幼い頃の憧れで目標だったような気がする。
信じる・・・・
なりたかった、あのかっこよい女剣士と自分を重ね合わせる。
目を瞑って思い出す。
たしか・・・・・・
アロウセル(覚醒せよ)
”エアリフル”
亜希が呪文のようにそれを口走ったその瞬間
風が生まれた。
形として視認できるほどの大気の流れが、踊るように亜紀の身体を包み込む。
美しい黒髪が風を孕み、波打った。
思い出した。そう・・これは身体や武器に力を纏わせることで対象を守り、攻撃を補助し、速度をあげる付与魔法(エンチャントマジック)
清涼な風の加護を宿しながら、亜紀は今朝、志亜からもらった武器を手にする。亜希が力を込めて思いを伝えるようにすると、その武器も風を纏い、まるで魔法剣のように光り輝く。
「よし!いくよ!!!!!」
地を蹴る。一瞬でモンスターに肉薄する。全身に付与した風の力で得た猛烈な加速。文字通り疾風と化し、突き進む。
亜紀は斜め下から魔法剣を振り抜いた。神速の一閃が、纏った風のうねり音を響かせる。
魔法剣は、その巨大なモンスターの足の脛の部分から太ももの部分を大きく切り裂いた。
血しぶきが飛び散る。
「ーーガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーー」
もう一度、地を蹴る、しかし次は前に進むためではなく、上に。空に向かって地を蹴った。モンスターの胸の部分まで入り込む。
頭上に振りかぶられたままの魔法剣を胸から腰までの部分を袈裟斬り、大きく傷跡を刻み込み、血が舞う。
苦し紛れに振りかぶったモンスターの鋭い爪が亜紀を掠めたが、亜紀の身体を取り巻く気流がそれを弾く。
「やっ!」
少女は止まらない。
呵責のない、連続攻撃。
凄まじい速度と鋭さ、剣筋でモンスターをめっさ切りにする。
魔法剣を新体操のバトンのように手の上でクルクルっと回し、自分の身体をダンスを踊るように捻るように一回転するとそのままの遠心力の力を借りてモンスターの体に次々と魔法剣による傷跡を残していく。
「亜紀ちゃん!すっごーーーーー!」
凛が手を叩いて喝采をおくる
「つえ~~~~~~!!」
「亜紀ちゃん!可愛い!つよい!さいっこーーーー!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・でも、そこまでだね・・・・。」
「え?」
亜紀は振り返って凛を視界に捉える。
「そこまでだ。じゃないと、大事な幼馴染が死ぬことになる。」
凛は気を失っている志亜の首筋に、矢の先を押し付けてそう言った。
そして凛はモンスターに対して 「攻撃をやめろ、待機だ」と命令する。
モンスターは攻撃の手を止め、凛の後ろで自分の主人を守るようにして待機する。
「どういうこと?・・・」
亜紀は混乱していた、なにがどうなっているのかさっぱりわからない。首筋に矢を突きつけられている志亜の口元に血を吐いたような痕が見える。はやく助けないと。気が動転する。混乱する。
「どういうこと?・・・」
同じセリフを何回も口走る。
「ドッキリ?とかかな?この世界でもドッキリなんてあるんだね。凛さん、ほんとにびっくりしちゃったよ・・」
「ドッキリか・・くっくっく」
凛は乾いた笑い声をあげた。
「じゃぁ試してみよう。この矢でこの首を差し貫けばわかるだろう。ドッキリでなければ大量の血しぶきが噴水のように吹き出て、さぞかし美しい光景を見せてくれるやろうね。」
と凛がそう言うと、矢をもっている手に力をこめる。
「やめて!!!!」
「くっくっく」
凛はまた乾いた笑い声をあげた。楽しんでいるようだ。
「ねえ凛さん、お願い教えて、どういうことなの?」
「あーそうだね。亜紀ちゃんには特別に教えてあげるよ。もうちょっとこっちおいで。」
亜紀は警戒しながらゆっくりと凛の元に近づいていく。
凛は不気味にニヤついた表情で、亜紀の身体の足元から胸元までを舐め回すように視線を動かす。
「まずはその武器を捨ててもらっていいかな?」
亜紀は素直に応じる。
凛は志亜の元を離れ亜紀の傍まで来た。
「あーへんなことはしないほうがいいよ。今度はモンスターに命じて幼馴染の顔をぺちゃんこに潰して煎餅みたいにしちゃうから。」
「可愛いやろーこのモンスター。うちの命令に絶対服従だよ。」
「どうしてそんなことができるの?」
「うーん亜紀ちゃんに理解できるかなぁー
ルミンA50yだよ。キラリちゃんを助けるために梨来博士がつくった新薬さ。
もちろんうちの血と混合させて作り直したものだけどね。
ルミンA50yはね、血縁者であるマクロファージと混合させた場合は、免疫力を飛躍的に向上させるんやけど、そうじゃない場合はね、逆だね、免疫力を攻撃することになる。簡単に言うとウイルスだね。
それをつかって、このモンスターのもつDNAを壊したんだよ。それでフレームシフト特別変異を作為的に起こした。
あとは刷り込み効果ってやつだね。生まれたばかりの赤ちゃんが初めて見たものを親だと思うっていうあれ、DNAをぶっ壊したあとに、うちの顔をすり込んだってわけやな。
昨日、いっぱい倒した猿のモンスターな。あの時生き残ったやつがおってな、やってみたんや。
そしたらびっくり次の日、この世界では3年やな、こーんなに大きくなって、こーんなに従順になって帰ってきてくれたんや
実験のつもりだったんだけど大成功しちゃってね、うちもびっくりだよ。
もちろん、さっきまでのうちとモンスターの戦いは演技な。
せっかくやから、みんなには、うちはいい人やーーって思って貰いながら死んでもらおうと思ってたんやけどなー。
なんか予想外に亜紀ちゃんが強くって、しょうがなくこんな展開になっちゃったけどなー」
「あなた・・・もしかしてDNA遺伝子研究者の風香博士なの?」
梨来が意識を取り戻して言った。しかしまだ起き上がれないようで、地面に座るような形で苦しそうな表情をしている。
「おー梨来博士、お目覚めになられてましたか?」
「そうよね・・私が最初にルミンA50yの話しをした時も、すでにその知識をもっていた。普通の看護師が知っているような知識じゃないもんね。その時に気がつくべきだった。
「女装とか、へんな方便でしゃべっているのも、正体を隠すためだったの?」
「いやまぁ、それは偶然ってやつやけどなぁ」
「でもたしか、風香博士は法律的にもそして倫理的にも許されない、人間のDNAの改変、要は人の手で人をつくる行為に手を染めて逮捕されたはずじゃ・・・」
「そそ、ちょうどね、刑務所に移送の時だったんだよ、Y-11現象が起きたんは。運転席で運転していたんは父親やなくて警察官だったってわけやね
ほんまラッキーやったわー死んじゃったみたいたけど・・おかげで、うちの好きなことができるこの世界に来ることができたんやからなー
なぁ梨来博士、この力があればなんでもできると思わへん?
モンスターをいっぱい手懐けてな。弱い奴はみんなうちに従うやろ?この世界に法律とかないやん?好きなことできると思わへん?
元の世界ではできなかった。人間のDNAの変革、構築、創造・・・うちがやりたかったことがここならなんでもできるやん!
それとかさーーー亜紀ちゃんを裸にひん剥いて、鎖で縛って自由を奪って天井から吊るして、それを眺めながら、そして時々亜紀ちゃんの身体を舐め回して、その味を堪能しながら、夕食を楽しむなんてサイコーだとおもわへん?」
「うわぁ・・・キモ・・・ヘンタイ・・・・キライ・・・・コッチミナイデ・・・・」
「くっっくっ・・亜紀ちゃん言ってくれますね。でもこの世界では力のあるものに従わなくてはいけないのですよ。」
凛はそう言うと、亜希の肩を掴んで引き寄せて、矢で亜希の胸元の服を引き裂いた。白い肌がさらけ出される。
「きゃぁ」
亜紀は悲鳴をあげて、腕を交差させて隠そうとするが、凛がその腕を掴んで、はだけた胸元をじっと見つめる。
「や・・やめて、見ないで、」
「「や・・やめて・・・」だってぇーーーーうわぁーそれ最高だよ亜紀ちゃん!ぞくぞくするよ」
「ヘンタイ・・」
志亜が目も覚ました。
「やめろ・・・亜紀ちゃんから離れろ・・・」
地面に這いつくばりながら、なんとか声を絞り出してそう言った。
「あぁ。しあっち、ちょうどいいところで目を覚ましましたね。愛する幼馴染が目の前で汚されていく姿を見るのはどんな気持ちですか?その苦痛に歪んだ表情最高ですね。
力があればこんなことしても許される。うち、人とかも殺してみたいねんなー、首とか切り落としてさー血しぶきをあげながら、ゴトンっていって首が転がる光景なんて見てみたいんやー
うちの世界がつくれるんやーさいっこーやなぁ」
「狂ってる・・・」
梨来が言った。
亜紀は涙を浮かべながらも凛を問い詰める
「キラリちゃんを一生懸命助けてくれたあの凛さんは?あれは演技だったの?」
「そんな人を悪人みたいに言うのは良くないよーキラリちゃんを助けてあげたかったのは本当だよ。うちはね、悪人じゃなくって、欲望に素直なだけ。
やりたいことをしたいだけ。
理解してくれるかなー?でね、今はその欲望を満たすためには、そのキラリちゃんはこの場所で殺さないといけないんだよねーー」
「え?」
「だってさぁーキラリちゃんの魔法、強すぎだからねー。ここで殺しとかないと、あとで驚異になりそうだからね。まぁついでにここにいる全員殺すとくけどね・・・ぁ・・亜紀ちゃんはうちのお嫁さんにするつもりだったんだけど、強い力を手に入れてしまったんやなー、抵抗されたら厄介やから殺すねー残念やなぁーー」
「まずは・・・」
凛はそう言うと、キラリの方を指差し、
「やれ」
とモンスターに命じた。
モンスターはその命令にすぐさま反応し、キラリのほうへ、ズシンズシンとその巨体を動かしていく。
「待って!」
亜希が懇願するように凛に言った。
「分かったわ・・私を・・・・・凛さんの好きにしていいから・・。抵抗しないから。
だからキラリちゃんを・・・みんなを助けて・・・・ください・・・・おねがい・・・」
亜紀は両腕を胸の前で交差し、両肩をだくような格好で、身体を震わせている。
「亜紀ちゃん、だめだよそんなこと言っちゃ、なにされるかわからないよ、そいつはもう狂ってしまってるんだ」
志亜がそう言いながらも必死に立ち上がろうとしている。
「うーん どーしよかなーー」
凛はニヤけた表情で二人を見比べてながら言った。
「じゃぁさ、ここで服全部脱いで、生まれたままの亜紀ちゃんの姿を見せてよ」
「・・・・・わかった・・・」
亜紀はそう言うと、手を震わせながら、ゆっくりと自分の上着に手をかける。
「しあっち、うちに感謝してなーー、しあっちも見たかったんやろーー亜紀ちゃんのは・だ・か。」
「くそっ」
志亜はかなりダメージを負っていて身体を動かせないでいる。
* * * * * * *
ジーナスは実は、かなり前から意識を取り戻していた。ちょうど凛から死角になる位置にいたため、意識を失っているふりをしながら、機会を伺っていたのだ。横には白狼バスカがいる。「今は待て」という命令に素直に従い、伏せの状態で、自分の主人である亜紀を助けようと待機しているようだ。頭も良い狼だ。
目線を梨来さんのほうへ向けると、彼女もこっちに気がついてくれたみたいだ。首をコクリとうなづいて合図を送ると、彼女もコクリと頷き返してくれた。彼女ならきっと理解してくれただろう。
そして、そのタイミングがくるのをじっと待っている。
* * * * * * *
梨来は、隣で意識を失って倒れているアルに、凛には聞こえないように小さい声でささやくように声をかけた。
「ちょっと、早く起きなさい!もう朝よ!」
アルの身体を揺さぶる。
アルも意識を取り戻した。
「うぅーーん、あと5分だけ・・・・とか言ってる場合じゃなさそうだな。」
アルは一瞬で状況を見て理解したようだった。
「うん、詳しくはあとで話すから、今はジーナスさんの合図を待って、一斉に凛さんを取り押さえるのよ」
「分かった」
* * * * * * *
そして
そのタイミングが来た。
凛は亜紀ちゃんが服を脱ぐのを見るのに夢中になっている。完全に周りがみえていない。
凛を取り押さえさせすれば、あのモンスターも攻撃してこないはず、まずは凛を抑える。
今がそのタイミングだ。
ジーナスは、手を指を開いた状態で、梨来から見える位置にそれを持っていき、ゆっくりと1本ずつ指を折っていく。
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
そして、指をすべて折りおえ、グーの状態の手を上に突き上げた、
その瞬間、横で伏せの状態で待機している白狼バスカに声をかける
「いけ!!」
白狼バスカはすごい勢いで飛び出した、陸上選手がクラウチングスタートで飛び出していくように、溜め込んだバネを一気に解き放つような勢いで凛に向かってまっすぐに飛びかかっていく。同時にジーナスも立ち上がり、その後を追う。
そのタイミングに合わせて梨来とアルも動きだす。
「今よ!いくわよ!」
梨来はアルに声をかける
「はいよっ」
とアルもそれに答え、立ち上がり、駆け出した。
* * * * * * *
凛は完全に亜紀を見るのに必死になっていて周りを全然見ていなかった。
まずは死角から飛び込んだ白狼バスカが凛の細腕に噛み付く。
「ぐがっ」
続いて、ジーナス、梨来、アルが一斉に凛に迫る。
「ジーナスさん!凛さんの口を抑えて!モンスターに命令させるのをやめさせるの!!」
梨来が叫ぶ。
ジーナスは凛に飛びかかり、凛の首に腕を回す形で、押さえ込もうと動いたが、すこし遅かった。
「やれ!」
凛からモンスターへの命令が発せられてしまった。その指はキラリのほうを向いている。
モンスターはキラリのほうへと動きだした。
凛は乱戦状態のこの場所に攻撃命令をしたら自分も巻き添えになることになると判断し、キラリを攻撃するように命令したのだろう。
キラリはまだ動けずにいた。
モンスターは、その凄まじい破壊力をもつ拳を振り上げると、まっすぐにキラリに向かって振り下ろした。
もう間に合わない。
「キラリ!!」
ジーナスは悲痛な叫び声をあげた。
梨来は目を瞑った。キラリちゃんが殺される瞬間を見る勇気がなかった。
視界が閉ざされたその瞬間、風の声を聞いた。
エアリフル
風が舞う、突風がモンスターを切り裂く。
風を纏った少女が、空を駆け上っていく。
まるで空中に見えない板でも張ってあるかのように、そしてそれを踏み台にするかのようにして駆け上がっていく。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー」
少女は光り輝く魔法剣でモンスターの顔面の片目を上から真っ直ぐに切り裂いた。
グウァァァァァァァァァァァァァアァァーーーーーーー
モンスターが苦しそうな声を張り上げた。空気がビリビリと振動するような大きな叫び声が響き渡る。
少女が舞う、華麗なステップを踏み、その身を躍らせる。その美しい姿は見ているものを魅了してしまうほどだ。
しかし、モンスターにとっては、恐ろしいダンスであっただろう。
モンスターの身体がどんどん切り刻まれていく。
モンスターも反撃するが、その素早い少女の動きを全く捉えることはできない。
すでに勝敗は決していた。
モンスターの動きが次第に鈍くなっていく。
しかし、少女の身体にも異変が起きていた。体のあちこちが痺れるように痛い。きっと魔法の力で身体を酷使しているからなのだろう。このままでは体がバラバラになってしまう。
限界を感じる。しかし亜紀はもうすぐ倒せるという希望をもって、体を無理して動かして戦った。
しかし、その希望も打ち砕かれる。
ズシンズシン
巨大な足音が森の奥から響き渡ってきた。
「ぉ きたきたーー」
凛がニヤけた表情で言った。
巨大な猿のモンスターがもう1匹そこに現れた。
「うそでしょ・・・・」
梨来は信じられない光景を目にするような表情でそう言った。
「うそやないよー、うち、DNA実験したんは猿のモンスター、1体だけやなんて言ってないもんね」
ケラケラと凛が笑う。
「さて再度、形勢逆転ってやつやね、さぁ皆殺しはじめよっかー
って思ったけど、さすがに実験で使った猿のモンスターは2体だけなんよね。この子までやられたら、うちもこの世界でやりたいことできなくなっちゃうからさー」
と凛はそこまで言って、新しく現れたモンスターに対してなにやら命令をした。
すると、新しく現れたほうのモンスターが、弱って動けないでいる志亜を、その巨大な手でむんずと掴み上げた。
「うぐっ」
志亜が苦痛の声をあげた。
「今日のところは、しあっちを人質にもらって退散することにするよ。
さて、離してもらおうかな」
と、凛の身体を押さえつけているジーナス達3人に対して言った。
3人は、素直にそれに従い、拘束を解く
「次に会うときは、きっとうちはこの世界の王になってるとおもうねん。
次は必ず亜紀ちゃんの身体の隅々まで見せてもらうからなーー」
凛はクルリと後ろを向くと、振り向くことなく去っていく。そのあとに、巨大な猿のモンスターが1体ついていく。
亜紀にやられたモンスターのほうはすでに動けなくなっているようだ。
「待ちなさい!!」
亜紀は叫んだ。
「しぁーを返して!!」
エアリフル
亜紀はもう一度詠唱を唱える。
しかし、とっくに身体の限界は超えている。体が痺れるのは通り越して、もう感覚そのものがない、手足が自分の思い通りに動かない。
それでも亜紀は風を纏い、前に進もうと足を踏み出そうとする。
「今は退くしかないです。」
ジーナスが、無理に前に進もうとする亜希の肩を後ろから掴み、その動きを止めた。
「今の状態では、あのモンスターに勝つことはできません。
必ず、志亜さんは助けます。今は退いてください。」
「くそっ」
アルが凛の後ろ姿を見ながら吠える。
「いやぁーー離して!しぁーーーーーーー」
美しい少女の叫び声は悲しく、そして虚しく、辺りに響き渡った。
Fin